検索
  • tic-straight

効率化という甘い罠




効率化とは、いささか時間的制約のある世界では望ましいこととされる。


我々の日常を支えている電化製品や公共の交通機関、ライフライン、そして経済活動。


そのどれをとっても効率化の賜物と言える。



生きる人間にとっての効率化とはなんだろう?


人間がどこに向かうかという終着点にいち早くたどり着くことを効率化というならば、


死に向かっていち早く到達したことが効率化と言えるかもしれない。



身の回りのことを効率化していくことで得られることもあるが、


それ相応の代償も見えないところに溜まっている。


あなたの脳内もそうで、脳が意識的な活動すると必ずゴミが出る。


実はそれを寝ている間に洗い流しているという研究も報告されている。



免疫系の権威である東京理科大の多田富雄氏も、


生命には手あたり次第に多様な抗体をつくり、


その95%が抗原と出会うこともなく捨てられていくという。


つまり生きているものは、完璧な緻密さを持っているのではなく、


効率が悪いほどのファジーさ、あいまいさと多様性を持って、


行き当たりばったりの連続で命が繋がれてきたという。



効率化に躍起になっている人のおかげで、我々の生活が楽になったわけだが、


その過程で出てるゴミの存在と、実は非効率的な生き物の本質を知ることが、


地に足をつけて生きるということかもしれない。



効率化とカイロプラクティックは何が関係しているの?


そう聞こえてきそうだが、


大脳が働くことで得られる効率化は、身体を犠牲に成り立っている。(VSモード)


身体から離れて効率化が絶対正義になることが、机上の空論であること、


そして、諸問題を抱えている皆の主な原因が、身体性からの離脱にあると、


カイロプラクターからの視点から見えるからだ。



最新記事

すべて表示

126歳!